地震の新指標「長周期地震動階級」とは (1)
なんとなくですが、イメージとしては波に乗るとそのまま運ばれて移動できるという感じがしませんか?でも実際にはそうではないんですね。となると波というのは、一体何なのでしょうか。海面を凸部分が移動していますから確かに何かが移動しているのは間違いありません。でもその場にあるものが動ていないということは、海水はその何かを伝えているだけ、というように見ることができます。その何かとは、 力(エネルギー) になります。
つまり、波というものは 発生した力を伝える仕組み 、ということになります。さらに波には凸な部分と凹な部分が交互に、そして繰り返しやってくる性質があります。この間隔(時間)が 周期 と呼ばれるものです。
そうなると地震動には色々な周期が混ざっているはずです。ガタガタガタとする揺れは凸な部分が短い時間に多くやってくるのでそのように感じるということです。つまり 周期が短い(短周期) 、ということになります。
そしてゆらりゆらりとした揺れはその逆で、 周期が長い(長周期) のではないかと考えられます。この周期が長い地震動こそが 長周期地震動 ということになります。
長周期地震動による被害例
(1) スロッシングによる石油タンクの火災(2003年十勝沖地震) 震源から遠く離れた場所で火災発生- 地震発生時刻 2003年(平成15年)9月26日 4時50分
- マグニチュード 8.0
- 震源と深さ 北海道釧路沖、45km
- 最大震度 6弱 (すべて北海道)新冠町、静内町、浦河町、鹿追町、幕別町、豊頃町、忠類村、釧路町、厚岸町
最大震度6弱を観測したこの地震では、 火災が4件 報告されています。そのうち、2件は北海道苫小牧(とまこまい)市にある2基の 石油タンクから火が出た ことによるものでした。
1基は原油タンクで地震直後に火災が発生し、もう1基はナフサタンクで 地震から二日経った後に出火 という事態になり、さらにその消火に二日を費やすこととなりました。
ではなぜ石油タンクから火災が発生したのか?ということですが、 スロッシング現象 によって浮き屋根(後述します)が揺り動き、タンク設備に当たって火花が発生し、それが原油に引火したのではないかと考えられています。
ここでスロッシングという用語が出てきましたが、これは 揺動(ようどう、揺れ動くこと) とも呼ばれ、長周期地震動による波がタンクに貯留されていた原油をゆらゆらと動かすことを指します。この時、地震波の周期がタンクの 固有周期 (その構造物が揺れるときの周期で、それぞれに特有の値があり、それを固有周期と言います)に一致すると 共振 という効果によってより一層大きく揺れることになります。
共振鍋(実験シリーズ) 東京都 水の科学館また、一口に石油タンクといってもその構造には様々あり、本件のタンクは シングルデッキ浮き屋根式タンク ( FRT 、Floating Roof Tank)と呼ばれるもので、ざっくり言うと貯めた油の上に大きな金属板(浮き屋根)を乗せた構造になっています。
そこでFRTであれば、油の上に板を乗せることで揮発を抑えることができますし、大規模に備蓄したい用途に適当です。ということは、 液面がスロッシングで揺れた場合、浮き屋根も一緒に揺れる ということです。それが冒頭に述べた火災に繋がったと考えられています。
またこの地震被害では、火災になった石油タンクが大きく取り上げられていますが、スロッシングによるタンクの被害は釧路市、苫小牧市、石狩市と 広範囲 に及んでいました。また釧路市は近いですが苫小牧市や石狩市は震源地から200km以上も離れています。にも関わらずこのような被害が発生したことから、長周期地震動は遠くまで伝わって被害をもたらすのではないか?と考えられます。
苫小牧市には大規模な石油備蓄基地があって1000キロリットル以上を備蓄するタンクが多数設置されていますが、軽微なものも含めると170基と 全体の58%に何らかの損傷が確認 されておりその被害規模も決して小さいものではなかったことに留意してください。
(2) 高層ビル内におけるエレベータ停止・閉じ込めや内装材等の損傷(2011年東北地方太平洋沖地震)(2)の事例では、その構造物が 高層ビル だった場合について見ていきます。
高層ビルでは大きな揺れが発生2011年(平成23年)3月11日に発生した 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災) は、あらゆる面において想定を超える被害が生じましたが、長周期地震動によるものと思われる被害も発生しています。
大阪府では、 高さ256m の高層建築物である 咲洲庁舎 (さきしまコスモタワー、かつては大阪ワールドトレーディングセンタービル、WTCと呼ばれていました)において以下のような被害が発生しました。
表のように、防火戸のゆがみなどといった損傷が合計で360か所に上り、 エレベータの停止 や 閉じ込め も発生しました。
またオフィスビルですから什器(じゅうき、業務に使用する機材全般)も揺れによって転倒したり移動することが想定され、実際これらの被害についても報告されていますが、その割合はあまり大きくはありません。調査結果によれば、これら什器の転倒やコピー機の移動といった被害は、 すべて固定対策をしていないもので発生した ということです。
都内では震度5弱~5強の揺れが観測されていましたが、感じ方として、確かに震度は大きいけれども、ちょっと この倒れ方は本当に震度5クラスの揺れなのか? といった考えも出てくるのではないかと思います。
この点において、 通常の地震動あるいは長周期地震動による建物の揺れ方には差が出てくる ことが見えてきます。
長周期地震動の被害は震度で表現できる?
この図は、先ほどの検討会の報告書にあったものです。いずれも 震度3を記録した地震 の実際の波形になります。ここから震度と長周期地震動の違いを見出していきます。
まず押さえておくところとして、(A)と(B)の地震は それぞれ別の時間と場所で発生した ものということです。特に右側の(B)は大阪市此花区で観測された東北地方太平洋沖地震のデータで観測点は夢洲(ゆめしま)ですから、先に取り上げた咲洲庁舎のある住之江区咲洲と舞洲(まいしま)を挟んで隣り合っている位置関係になります。
加速度波形の違いは?では上の加速度波形から見ていくことにしましょう。このグラフの横軸はsになっていますね。sとは秒(second)のことで、つまり 時間(秒)を横軸 にしているということです。
そして 縦軸は加速度 になっています。加速度とは高校物理で多くの人を悩ませたものかと思いますが、あるスピードで動いているものがある決まった時間間隔(たとえば1秒=1s)でどれくらい勢いがつくか、つまり加速するのか?という度合いを示した指標です。ですので加速される度合いが大きければそれだけ物体は速く動きます。
ということはこの数字が大きければ(波形の振れが大きければ)それだけ地面から大きく揺れる力が伝わるとも言えます(一般的な傾向としてです。実際には建物の構造や地盤が揺れやすいのかそうでないのかといったことも関係します)。加速度の単位はcm/s 2 で、時折 ガル とも呼ばれます。
また波形は各地震について三つ測定されています。 NS 、 EW 、 UD とありますが、地震計でそれぞれ北と南側(NorthとSouth)、東側と西側(EastとWest)、上と下(UpとDown)方向(成分)に分けて振動を計測しています。
まずこれらの波形を見て気付くのは、 AとBで揺れが続いている時間がどうも違うらしい ということです。ものすごくざっくりですが、 Aでは長くても30秒くらい の大きめの揺れがあり、その後一気に揺れが小さくなっているように見えます。言ってみればギュッと締まった揺れとでも表現するのでしょうか。
対してBではAよりは大きくないですが、それでも大き目の加速度が200秒、つまり 3分以上は継続 しているように見えます。そしてその 揺れはいずれも震度3 とされています。
フーリエスペクトルの違いは?次に下の波形を見てみましょう。これは上の波形を三つ合わせたものをフーリエ変換したグラフ、つまり フーリエスペクトル です。いきなり良く分からない専門用語が出てきましたが、これは波を分析するための手法として広く使われているやり方です。
何をしているのかというと、 波を周期ごとに分けています。 先ほど地震動は様々な周期の波が混ざっていると述べましたが、フーリエ変換を行うことで上の波形には どのような周期の波がどのくらいの強さで含まれているのか? ということが分かります。
周期は秒でしたから横軸はsになっており、縦軸はその強さの度合い(AMP、 振幅 のAmplitudeの略と思われます)で単位はcm/sと速度のそれになっています。
また、横軸について少し補足ですが、いずれも1.0s、つまり 1秒の所にグリッド線 が入っています。これによって横軸の数値が少し読み取りやすくなっているとともに目盛りの取り方がちょっと普通のグラフとは違うということが見えてきます(一瞬1.0sで急に160cm/sの値が出ているように見えますが、ただの区切り線ということに注意です)。
横軸にある値は0.1秒と1秒と10秒になっていますよね?それ自体は良いのですが、どうもこれらは 同じ間隔で並んでいる ように見えます。ならば右端は1.9sくらいになっていないと辻褄が合わない気がしませんか?
そこでこのグラフは 横軸の取り方が少し特殊 だということになります。実際にこの目盛りは 同じ間隔で10倍ずつ値が増えていく ような取り方になっています。ちょっと混乱しそうになりますが、こうすると小さな値から大きな値による変化を一枚のグラフで見ることができるようになります。
このような目盛りの取り方を 対数目盛 と呼び、またこのグラフは縦軸と横軸のうち片方だけが対数目盛なので 片対数グラフ とも呼ばれます。
そしてこれらのグラフでは、AとBで非常に大きな違いが出ています。Aはどの周期帯にもその成分が入っているように見えます。また Bと比べて1秒以下の成分 がより多く現れています。一方Bについては逆に1秒以上、 特に8秒くらい の周期の波の成分が際立っています。
報告書によれば、観測点A、B近くにあるビルの所有者に聞き取り調査を行ったとあり、Aの近くのビル約20棟では数分程度エレベータが停止したものの、 目立った被害は確認されなかった との記載があります。
しかし、B近くにある55階建ての高層ビルでは大きな揺れとなって エレベータのロープ類の損傷や内装材等の被害が発生した とのことです。このビルは咲洲庁舎のことでしたね。
以上のことから、 同じ震度3の揺れでありながら、その地震動に含まれる波を調べてみると地震動を構成する波の周期に大きな違いがある ことがわかりました。加えて観測点近くのビルが受けた被害の程度にも大きな差がありました。そしてより大きな被害を受けたのは、より長い周期の地震波成分が目立つB観測点に近い高層ビルでした。
つまり、 震度では判別できない被害が発生した ということになります。
ということは、 震度とは別に、長い周期の地震動である長周期地震動にも着目して総合的に地震による被害を考えていく必要が 出てきた ことになります。
長周期地震動の特徴とは?
- 地震動の意味
- 地震動は一つだけの周期を持った波ではなく、様々な周期の波が重なっている
- その中の長周期成分が主体の地震動は、通常の地震動と比べて・・・
- 揺れの性質が異なる
- 及ぼす被害の内容に違いが見られる
ことが見えてきました。被害事例からはその違いとなる要素がいくつか抽出できるかと思います。そこで 長周期地震動の特徴 について一度まとめてみます。
まず被害事例で取り上げた地震の規模について見直してみますと、(1)の十勝沖地震はマグニチュードが8.0であり、(2)については同9.0といずれも 巨大地震 と呼べるものになっています。ここから発生する地震の規模が大きい、つまり マグニチュードが大きいほど地震動の長周期成分も大きくなる と考えるのが自然かと思われます。
また(1)の石油タンクの際立った被害や(2)の被害はいずれも震源から数百km離れた場所で発生しています。そのため、 震源から遠く離れた場所においても長周期地震動はそこまで衰えることなく伝わっていく のではないかと考えられます。
ちなみに③の場所に関する特徴ですが、長周期地震動は 揺れが伝わる地盤の地下構造の影響を受ける ということを示しています。このことは石油タンクのスロッシング事例(1)で参考にさせてもらった文献にも記述があります。
苫小牧一帯は勇払(ゆうふつ)平野と呼ばれる平野帯になっています。地下には火山灰や砂、泥といった様々な堆積物からなる 堆積層 があるとされており、それが長周期地震動を 増幅 させる作用があることは、関東平野、大阪平野などでも研究され明らかにされているとのことです。
新たな地震動の評価指標-長周期地震動階級-
階級は1から4までとなると、 長周期地震動の大きさや被害の評価を震度で行うことが適切かどうか? ということに論点は変わってきます。
そこで長周期地震動の大きさを階級で区分し、人の体感や室内の状況に関連付ける取り組みが行われました。そうして決められたのが 長周期地震動階級 です。以下が気象庁の検討会で新たに作成された長周期地震動階級の一覧表(解説表)です。
合わせて 震度階級 についても確認しておきましょう。
震度階級の一覧表(解説表) 出展 気象庁 パンフレット「地震と津波」 16ページ
長周期地震動階級は、震度階級よりもその階級数は小さく、 1~4 まで設定されています。また、先ほどの事例からも長周期地震動は高層ビルなどに対してその影響が大きくなっています。そのため、 対象はおおむね45m以上(14、15階建以上)の高層ビル になっています。
そして長周期地震動の周期はどれくらいを想定しているのか?ということですが、 1.5秒から8秒の間 となっています。これは国内の最も高いビルでもその固有周期が約6秒であることも考慮して周期帯が決められています。
家具固定をしっかりと 長周期地震動について | 気象庁 description www.data.jma.go.jpこちらにもありますが、地震時は家具類や照明機器などが 「落ちてこない」「倒れてこない」「移動してこない」 空間に身を寄せることが大事になるはずです。
そして家具類がそのようにならない、あるいはその確率を減らすためにも 家具類の固定対策 が非常に重要になってくるでしょう。東京消防庁では 家具転対策 と銘打ち、特集ページを設けており、非常に充実した内容になっております。ぜひご確認を。
東京都23区及び多摩地区(稲城市を除く)を管轄する消防機関、東京消防庁ホームページです。 www.tfd.metro.tokyo.lg.jp 揺れても耐える!家具・家電別に揃えたい転倒防止アイテム あなたの家は家具転倒対策をしていますか?地震で怖いのは、家具が倒れあなたに襲いかかってくることです。その対策が家具転倒対策。本記事では対策に必要なグッズを片っ端から解説していきます。 bougensai-levelup.comまとめです
今回の防災お役立ち情報は 「長周期地震動階級」 について、地震動という基本的なところの確認からはじめ、長周期地震動というものがあることを述べ、その特徴を踏まえながら見てきました。前半となる今回において、肝心なポイントは押さえられたかなと思います。
- 「2003年十勝沖地震における石油タンク被害と対策」座間信作, 日本地震工学会会誌(No.13), 2011年, pp.7-10 タンク火災についてその概要が報告されています。カラー写真が印象的でしたので引用させてもらいました。また、後段でスロッシング対策について記述がありますが、タンク火災対策として大容量泡放射システムの配備が義務付けられた契機になった事故が本件ということで、そこから得られた教訓の大きさを感じました。 戻る
- 「2003年十勝沖地震による周期数秒から十数秒の長周期地震動と石油タンクの被害」畑山健 他, 日本地震学会和文会誌「地震」(第57巻第2号), 2004年, pp.83-103 地震で被害を受けた石油タンクの地域別分布や構造、仕様、固有周期や観測したスロッシングによる液面上昇量などアンケート調査や現地調査によって詳細にまとめられています。地震波の解析も行われています。 戻る
- 「出光興産(株)北海道製油所タンク火災に係る調査概要について(最終報告)」西晴樹, 横溝敏宏, 消防研究所報告(通巻100号), 2006年3月, pp.59-63 こちらの報告ではタンクの火災原因についての考察が行われており、着火防止策の提言がされています。戻る
- 「2003年十勝沖地震にみる石油タンク被害の特徴と対策」座間信作, 物理探査(第59巻第4号), 2006年, pp.353-362 文献1と同じ方(文献2の共著者でもあります)による論文です。石油タンクの図が分かりやすくこちらから引用させてもらいました。この地震の教訓は大きいと1で述べましたが、石油タンクの設計に係る技術基準も改正されたという記述が見られました。 戻る