京都ハレトケ学会『昭和の御大礼』
御東幸から8 年後の明治10 年(1877)と11 年(1878)の京都御行幸の際、明治天皇は京都御所とその周辺の”九門の内”(旧公家屋敷跡)の荒廃ぶりを痛惜されて、一帯を保存・整備する「大内(おおうち)保存」を京都府へ命じられるとともに、後の大礼は京都で行なうとする御意向をお示しになられた。これにより九門の内は京都御苑として整備され、旧皇室典範・第11 条「即位の礼及大嘗祭は、京都に於て之を行ふ」にしたがって大正天皇と昭和天皇の御大礼は京都御所で行われたのである。
昭和3年の京都
御着輦から鹵簿
即位礼当日
【京のまつり文化】京都ハレトケ学会
御大礼が残したもの
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宿泊業まだ大きなホテルがなかった時代であり、外務省が手配して都ホテル(現在のウェスティン都ホテル京都)と京都ホテル(現在の京都ホテルオークラ)が外国大使・使節のために貸し切られた。京都ステーションホテル(現在の京都センチュリーホテル)は、昭和の御大礼に合わせて11 月に開業されたが、1 年足らずで5 階建てのホテルが竣工したことに当時の人々は驚いたという。
夜回り 三船祭 をどり御大礼奉祝記念として2 度目の都をどり『奉寿萬歳楽(ほうじゅまんざいらく)』が祇園甲部歌舞練場で 11 月 4 日~12 月 10 日まで開催されている。特に第 4 幕の「瑞穂の国振(くにぶり)」は悠紀・主基斎田の御田植を模した踊りとなっており、好評を博している(「瑞穂の国振」は令和元年10 月の温習会で「主基の御田植」として再演された)。
高山彦九郎像 平安神宮の大鳥居【参考文献】
京都日出新聞(1928年1月~12月) 大阪朝日新聞・京都附録(1928年10月~11月) 江馬務(1928)「東京御発輦より紫宸殿の儀まで」『風俗研究』第100号 関根正直(1928)『御即位大嘗祭 大禮要話 全』六合館 京都府(1929)『昭和大禮京都府記録』上・下巻 京都府警察部編(1929)『昭和大礼京都府警備記録』上巻・下巻 大礼記録編纂委員会編(1931)『昭和大礼要録』内閣印刷局 出雲路通次郎(1942)『大禮と朝儀』櫻橘書院 森忠文(1978)「明治初期における京都御苑の造成について」『造園雑誌』41巻3号 森忠文(1983)『明治期およびそれ以降における京都御苑の改良について』『造園雑誌』46巻5号 明治大正昭和新聞研究会(1989)『新聞集成 昭和編年史 三年』 第4巻 新聞資料出版 鎌田純一(2003) 『即位禮大嘗祭 平成大禮要話』 錦正社 高木博志(2006)『近代天皇制と京都』岩波書店 東條文規(2006)『図書館の政治学』青弓社 伊藤之雄(2010)『京都の近代と天皇 ―御所をめぐる伝統と革新の都市空間 1868~1952―』千倉書房 小林慧(2014)『京都市公同組合の成立と変遷 ―昭和の大礼への対応を中心に―』東京大学日本史学研究室紀要18 戸田文明(2016)『昭和大礼と京都府警備』四天王寺大学紀要 第61号 木村大輔(2017)『京都烏丸通沿道における街並の形成過程 ―大正~昭和初期を事例に―』佛教大学総合研究所共同研究成果報告論文集 第3号 所功(2018)『近代大礼関係の基本史料集成』国書刊行会 『京都の御大礼』展実行委員会編(2018) 『京都の御大礼 ―即位礼・大嘗祭と宮廷文化のみやび―』思文閣出版 島本由紀(2019)『関西初の地下鉄は京都から』伝えたい京都、知りたい京都。
【京のまつり文化】京都ハレトケ学会
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中野 貴広 京都ハレトケ学会 主宰京都ハレトケ学会 主宰。 京都六斎念仏保存団体連合会・京都中堂寺六斎会 会長付/公式カメラマン。
作品展示 2014年 『中堂寺六斎念仏』展 京都市伏見青少年活動センター 2015年 『都の六斎念仏』展 京都府庁旧本館 2016年 惟喬親王1120年御遠忌・協賛展示『親王伝』 京都大原学院 2017年 『京のまつり文化』展 綾小路ギャラリー武 2018年 『京のまつり文化』展 ごはん処矢尾定 2019年 『続・京のまつり文化』展 ごはん処矢尾定
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