昔むかしのお話から ビッグマンモスとの出会い
ブログを書いているうちに、子供の頃のことやら、若かりし頃の種々のことがだんだん甦ってきました。当時の風俗や自分のミーハーぶり(笑)なども分かるので、合間にちょこっとずつ書いていこうか、と思います。 『 ママとあそぼう!ピンポンパン 』は ビッグマンモス の大ファンであったこともあり、幼少期のお気に入り番組でした。この番組は30分番組で、一般家庭の幼児を毎回スタジオに呼んで、工作をしたり、お話を聞かせたり、などの構成。 ビッグマンモスがレギュラーとなって人気も出てくると、”擬似”人情モノの寸劇などもありました。かっぱのカータンはお絵かきが得意、体操のお兄さん、歌のお姉さん、 新平 ちゃんに、その他にキャラクターのブチャねこ(声優の 富山敬 氏)などもおりました。 また番組中、3曲程度のオリジナルソングを放送してました。これらの曲は、セットを作って収録(別撮り)したものや、参加している幼児達を前にして歌うことが多く、シンプルでしたがなかなかに見所がありました。 私にとっては、毎日のオリジナルソングが楽しみで楽しみでこれが見たさに長らく視聴していたようなものです。番組オリジナルの曲がメインでしたが、中には海外の名曲や歌謡曲などをアレンジしたような作品もたまにあり、知らずに楽しんでいましたが選曲はなかなかのものだったと思います。 当時、これらの曲が子供達の情操教育には相当役に立っていたのではないでしょうか。ビッグマンモスに関係する曲で販売されたものは、ほとんど全て所有していますが、今聴いてもその質の高さはと楽しさは随一だと思います。 そういえば「ピンポンパン」にはある時期から ビッグマンモスのFC がありました。かなり手作り感あふれるFCで、確か会費の変わりに葉書か切手などで小額を送ると、モノクロの子供新聞のような会報がたまーに届く、というシステムだったと思います。 入会したのは、もう後期の頃だったので、会報は2,3回くらいだけしかもらえませんでしたが、最初のページには写真が載ってて、新メンバーの紹介、直筆(コピー)の日記とかスクープなんてものが載っておりました。 山崎圭一 (ヤセヤマ)、 山崎公彦 (チビヤマ)、 世利一弘 (パセリ)、 大沢総一郎 (オートン)、 前田陽介 (デブリンマン)、の卒業記事*1がとても印象深かったです。長らく番組で活躍してきた少年達の勇退の時だったからでしょう。
*1 : 彼等は当時、中2、中3になっていたのです。
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