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ウォン・カークイ(黄家駒)死亡事故の詳細!なぜBEYONDは日本デビューしたのか?

なぜBEYONDは日本に進出したか?

香港のロックバンドBEYONDのリーダーであり、ボーカルであり、最長年者であり、バンドの魂とも言うべき人物でした。 彼なしにはBEYONDが存在し得なかったのは、彼の死後のバンドがどうなったかを見ても明らかな気がします。 日本でのデビュー以前に、すでにアジアでは絶大な人気を誇っていたカリスマバンドBEYOND。 しかし、ウォン・カークイは「香港に音楽界はない。あるのは芸能界だけだ」と当時の香港音楽界を批判していました。

そして、BEYONDは日本のアミューズ創業者、大里洋吉氏と出会います。 BEYONDを高く評価した大里氏にBEYONDも日本での可能性を感じて、1991年、日本での所属契約をアミューズと交わし、翌年には日本デビューを果たしました。 1992年初、BEYONDは興新芸宝からワーナーへ移籍した際に、ウォン・カークイは「香港の音楽界の束縛やモチーフの制限に捕らわれず、もっと自由に音楽をやりたい」と話していました。

日本でのジレンマ

また、日本で嫌なことがあると香港の友人のマイク・ラウ(劉宏博)に電話をかけていたというカークイ、事故が起きる前日の23日にも電話をかけて、日本での苦痛を4,5時間も訴えたそうです。 自分の音楽理念と事務所の方針との食い違い、事務所から課せられる制限などで自分の初心からどんどん離れていくことに対する焦燥。 それらに対する怒りで泣き出しそうになって、「こんなことなら香港に戻ったほうがいい」と口にしていたカークイ。 純粋に音楽を目指すウォン・カークイはバラエティなどの仕事は望んでいませんでした。

ウォン・カークイ「ウッチャンナンチャンのやるならやらねば」死亡事故はいかに起きたか

フジテレビ第4スタジオに設けられたセットは以下のようなもの。 約2 .7メートルの高さのセット中央には水槽が設けられ、二組に分かれた12人のゲストが、水の上に渡された細い橋を渡って、その上に吊り下げられた宝物を奪い合うというゲームです。

ゲーム開始から15分後に事故は起きました。 関係者によるとセットは水浸しになっていて、セット下手の狭い場所に人が集中していたようです。 そこへ橋を渡りきった人物が飛び込む形になったためにウォン・カークイは足を滑らせてコンクリートの地面に転落。 運悪く頭から着地したため昏睡状態に陥って東京女子医大に搬送されます。 頭にヘルメットをかぶっていたウッチャンも同時に転落していますが、胸から落ちたために全治2週間の打撲傷で済んでいます。

事故後の経過

1993年6月25日

知らせを受けたウォン・カークイの家族が日本に到着。 香港では人気アーティストの重大な事故とあって大きく報道。 日本では各社が報道したものの、詳細は赤報道されず、ウォン・カークイとウッチャンの容体についての詳細も報道されず。

1993年6月26日

香港では民間放送局2局がウォン・カークイの回復を祈る祈祷集会を開催。 香港のメディアは「日本の情報封鎖によって一部の情報しかつかめない」としながらも、多くが「現時点では最悪の事態ではない」と報道。 アミューズが日本に滞在していた気功師の辛勇さんを招いて治療を施し、漢方薬の投薬もしたが効果は見られず。

1993年6月27日 1993年6月28日

フジテレビが香港とのホットラインを設立。 BEYONDメンバー、マネージャー、フジテレビのディレクター、主治医の顔ぶれで記者会見を開催。 主治医が依然として危篤状態であることを発表。 会見ではメンバーらが「なんとしても回復させたい」と訴え、実の弟でもあるウォン・カークン(黄家強)が「落ちたのが自分だったらよかった」と頭を抱えて痛哭。

1993年6月29日 1993年6月30日

当日の東京は雨。 香港の報道は「カークイの容体は安定している」「我々には祈るしかない」という内容以外に、安全措置を怠ったフジテレビの危険な収録状況に対する非難や「情報封鎖はしていない」という日本側の主張が主で新たな情報はなし。 しかしこの日、午後4時15分、ウォン・カークイは31歳の人生の幕を閉じました。 死因は急性脳膜血腫、頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性脳浮腫など。 家族と他のBEYONDメンバーや友人らに看取られての最後だったそうです。

1993年7月1日 1993年7月2日

香港メディアは引き続き彼の死を報道し、テレビでは追悼番組。 ウォン・カークイの家族が遺体と共にCX50で香港に帰郷。 空港では多くのファンが涙ながらに出迎え。 またウッチャンナンチャンがウォン・カークイの家へ弔問に訪れるとともに地元のテレビ局で当時の状況を説明し、遺憾と哀切の意を表明。

1993年7月3日

香港の一部メディアが葬儀に関する報道。 フジテレビの人間も弔問。 BEYONDメンバーが記者会見。 夜にはウォンの遺体が香港の葬儀場に移されました。 30日にカークイが亡くなったことを配慮してナイターで野球中継は中止となったが『やるならやらねば』は放送されず。

1993年7月4日~5日

7月4日の夜には夜通しでのウォン・カークイを記念する集まりが催され、民間テレビ局も高山劇院で「永遠に家駒を忘れない」と題した追悼コンサートを開催。 7月5日、公式告別式が行われ、会場周辺はもちろん、葬儀場を出る霊柩車にファンが駆け寄り、交通が混乱して警察が出動する騒動に。 カークイは将軍澳華人永遠墳場に埋葬されました。

7月9日 7月10日 7月11日

どんな治療が施されたのか

中華圏の報道によれば、「手術をしなかった」と伝えられています。 日本では当時も容体の詳細は報道されていなかったようです。 ネット上に残る情報も少なく、どんな状況だったのかん、手術ができない状況だったのか詳しい報道記事は残っていません。

薬事法に抵触するのは朱砂(水銀)や雄黄(ヒ素の硫化鉱物)を含んでいるからでしょうか。 確かに“安宮牛黄丸”は中医学における「毒をもって毒を制する」タイプの強い薬で、慎重に使うべき薬ではあるようです。 中医の専門家によると、これらの薬は中風やマヒ、脳卒中の後遺症などには効果があるものの、脳出血で昏睡状態にある患者に使うべきではないという指摘もあり、気功師がこれを使用するように主張したとの説は若干信憑姓に疑問もあります。

「もうね、西洋医学では全く手の施しようのない状態だったんだ。 そうなったら東洋医学にでも何にでも頼るしかない。 “安宮牛黄丸”という漢方薬が効くかも知れないということで、 LaoLuanの弟のLuanShuに国際電話をかけたんだよね・・・」

ファンキー末吉氏サイトより

“安宫牛黄丸”が効くかもしれないとの発案はファンキー氏自身、あるいは誰かの意見を聞いた可能性もあり、どこから出たのか定かではありません。 しかし「安宮牛黄丸が必要だ」と中華圏に手配をかけたのはファンキー氏のようです。 だとすると「安宮牛黄丸が必要」という事情はファンキー氏に電話を受けた黒豹のルアン・シューから中華圏のメディアに伝わったのかもしれません。

ただ、収録時の安全対策に関しては、やはり不満が残ります。 ああなってしまったからには、もう運命は変えようがなかった。 しかし、そうならないための対策が施されていなかったことは事実です。 気をつけていても事故が起きることはあるでしょう。 でも、せめてベニヤ板がもう少し分厚いコンパネで頑丈に取りつけられていたら、地面にウレタンが敷かれていたら、ウォン・カークイがヘルメットを被っていたら……最悪の事態は避けられたはずです。

多くの人に感動や勇気を与える才能を持った人物が、こんな不始末で早々に命を落としたのは本当に残念です。 フジテレビが支払った賠償金は10億円とも言われていますが、社会にとっては防げた過失で文化財を破壊したようなもの、家族にとっては大切な一員を奪われたわけですから、いくら支払おうとお金で償いきれるものではありません。 6月はカークイの誕生日6月10日と命日6月30日がある、うれしくも悲しい月です。 二度とこんな事故が起きないことを心から祈ります。

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