. 20251008 - エレカシにまつわる雑記 - 三浦日記
20251008 - エレカシにまつわる雑記 - 三浦日記
20251008 - エレカシにまつわる雑記 - 三浦日記

20251008 - エレカシにまつわる雑記

ライブは10月8日、アナウンスの通り開催された。終演後、宮本のInstagramのストーリーズにはこの日の映像がアップロードされた。「夢を見ようぜ」。僅か数十秒であったが、その様子に悲壮感はまったく感じられなかった。他人の心配をしているくらいなら、自分の心配をしたらどうだと言われたような気がした。ライブでは、宮本から謝罪の言葉はなかったという。安心した。私はこれで良かったと思う。ここまで散々イメージだの、残念だの書いてきたが、改めて、ミュージシャンに世間の常識を押し付けるのは野暮だと思う。ミュージシャンはこういう時こそ、歌で伝えてほしい。人間、宮本浩次による謝罪など見たくないし聞きたくもない。あくまでもミュージシャン、宮本浩次の今のメッセージを感じたい。これは、甘えや擁護などではなく、表現者たるもの良くも悪くもそういう宿命の生き物であるはずだからだ。多くの人はそれができないから、安直に(あえてそういう表現を使う)謝罪文を掲載する。けれども宮本は違う。音楽で今、自分の渦巻いている葛藤を表現に落としこめる数少ない存在であると私は信じている。宮本はやはり、逆境の星に生まれた男だった。間違いない。これは運命だ。宮本は歌う。〈取り敢えず行くしかなさそうだ/ 上り下りの道/ ああ 信じて転がるエブリデイ〉と。前途多難の航海をどう乗り越えていくか。彼らのこれからの表現を腰を据えて見届けていきたい。

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